島根県人権啓発推進センター広報誌 りっぷる Vol.10
 
 その事故を知らせる電話は、平成11年12月26日午前4 時頃に鳥取県智頭警察署からありました。二女の真理子が智頭トンネルで交通事故に遭って、鳥取県立中央病院に搬送されたということでした。
 事故のくわしい説明がないので、最悪を予想しつつも、とりあえず「入院用の道具」を用意して、雪の降る中を鳥取県立中央病院に向けて、私が1 人で車で出かけました。だが、途中で20分くらい走った時点で、警察からの電話が携帯電話に入り、「亡くなられました」と告げられたとき、信じることができませんでした。やっとのことで病院につき、病院で対面したときは、体はまだ温かい状態でした。隣に友達の大谷知子さんの遺体も並んでありました。4 人が乗った軽乗用車に飲酒運転の暴走車が衝突し、同時に3 人が殺されました。
 このとき、妻は一緒に行かなかったことで非常に後悔し、いまでも「死んでいるならば、一緒に車で行くべきだった」と言って自分を苦しめています。つくづく、警察は正確な情報を家族に知らせて欲しいと思いました。
 葬式のときは、まさか自分の子の葬式をするとは夢にも思っていませんでしたから、無念さ、悔しさ、「なぜ自分だけが」という思い、加害者への怒り、そんなものがぐちゃぐちゃに入り交じっていました。妻は、「自分が生み育てた子供を守ってやれなかった」と自責の念で潰れそうでした。当分は寝込んで、食事も出来ない状態が続きました。
 真理子を火葬場で荼毘にふした後、骨壺に入りきれないほど、多くのお骨が残りました。二十歳という若さのためだと考えると、さらに悲しさが深まってきます。お骨は、一部はお墓に、残りは平成17年12月に7 回忌を行った時に建立した観音菩薩石像(3.5mの高さ)の台座の中に収めました。生きたいという人としての当然の権利を、ある日突然に奪われた娘たちは何を思っているのでしょうか。台座には、亡き娘の願いを思い「交通安全観音」と刻みました。
 その後、1 月の初めに鳥取の智頭警察署へ行って事情聴取を受けたり、真理子のアパートへ行って荷物の整理をして送り返す作業をしました。その際には、部屋の中にある一つ一つが生前の娘を思い出させるものばかりで、なんとも辛い涙の出る作業でした。この作業が一段落した時期に、次は刑事裁判にむけて鳥取地方裁判所に出向き、検事さんに事情を話しました。それから裁判があり、傍聴したとき、そこではじめて加害者を見ました。こんな奴に真理子達は殺されたと思うと、また悔し涙があふれてきました。
 妻は、この頃から体調がさらに悪くなり、PTSD(心的外傷後ストレス症候群)と診断され、睡眠薬を含めて山ほどの薬を毎日飲んでいます。そのため、食卓にはいつも薬があふれています。それは、いまだに続いています。
 私たち被害者遺族というのは、亡き子への深い愛、加害者への強い憎しみ、予期せず被害者遺族となってしまった「なぜよりによって私が…」という戸惑いなどから、深く傷つき、悩む日々を過ごしてゆきます。
 ある遺族たちは、人生の希望と喜びを奪われたと思い、残りの人生をうらみの中に過ごし、中には、自殺をされる方もあります。また、ある遺族たちは、交通犯罪の実態を知ってもらい、二度と交通犯罪を起こさないようにとの願いをこめて生きて行くようになります。そして、交通犯罪を起こさないように法の整備、交通手段の安全化など関係当局と連携して考えるとともに、「二度と理不尽な死は、起こしてはならない」と一般の人々に呼びかけます。
 私たちはある出会いから、この後者の方向に歩んで行きました。それは、「遺された親たち」(佐藤光房著)という本に出会ってからでした。その本をむさぼるように読み、「全国交通事故遺族の会」の存在を知ります。その会の井手会長さんに直接電話して、補償のことやら、裁判のことやら、ありとあらゆることを聞きました。
 この会を通じて妻は、「生命のメッセージ展」代表の鈴木共子さんに出会いました。鈴木さんは、一人息子を、飲酒・無免許・無車検の暴走車に激突され、殺されました。美術家だった彼女は、造形アートという手段で、被害者の叫び(いのちの大切さ・尊さ。失ったいのちは二度と返らないこと)を一般の人々に伝える、「生命のメッセージ展」を考え出したのです。
 私たちもこの呼びかけに賛同して、亡くなった真理子達3 人のオブジェを毎回展示しています。そして、私たち被害者遺族は、平成20年9 月12日〜14日に「生命のメッセージ展in出雲」をビッグハート出雲で開催しました。この期間に4,000人もの来場者があり、その反響の大きさにびっくりしています。
 鈴木さんはまた、「悪質交通犯罪の厳罰化」を求めて、刑法改正署名活動を立ち上げ、多くの方々の賛同を得て、約38万人の署名を、ときの森山法務大臣に提出しました。
 そして平成13年11月28日、参議院で刑法の一部を改正する法案が、全員一致で可決しました。この法改正により、「危険運転致死傷罪」が新設され、平成14年6月1 日、道路交通法改正により、飲酒運転などの罰則はより厳しいものとなりました。
 現在、この刑法改正により、確実に交通事故は減少してきていますが、まだまだ、悪質な交通犯罪は後を絶ちません。交通犯罪の被害者である娘たちは、生きたくても生きられなかったのです。娘たちのような交通犯罪の被害者を少しでも減らすことが、私たち被害者遺族の願いです。
 だから私たちは、「生命のメッセージ展」などの活動を通じて、運転者一人一人のこころに「いのちの大切さ・尊さ」を伝えることにより、運転者自身が交通マナーを守り、安全運転をするように訴え続けていこうと考えています。


         

 犯罪の被害者とその家族、遺族には、犯罪による直接的な被害だけでなく精神的・経済的被害に対しても様々な救済や支援が必要です。平成17年4月1日に「犯罪被害者等基本法」が施行され、初めて被害者支援に関する地方公共団体の責務及び民間の団体に対する援助等が規定されました。
 これを受けて島根県においても「島根被害者サポートセンター」が設置され、行政や民間機関との連携により被害者等を支援していくための取り組みを進めています。

生命(いのち)のメッセージ展について
 江角さんたちが全国で開催している生命のメッセージ展では、犯罪や事故、いじめなどによって理不尽に生命を奪われた人たちが、遺された家族などの言葉を通して、犯罪被害者や遺族の人権を訴え、「生命の重み」を伝えています。会場には、被害者一人ひとりの等身大の人型パネルと、彼らの「生きた証」である靴が、家などのメッセージとともに展示されています。
 来場者一人ひとりが「生命への愛おしさ」を託してつなげていった赤い毛糸は、今ではくす玉ほどの大きさとなり、メッセージ展のシンボルとして、伝えられた「生命の重み」をあらわしています。
 「がんばって生きていこうと思います。ありがとうございました」という自殺志願者であった来場者から届いた手紙のことを、江角さんは、「娘が大切な若者の生命をつないでくれた」とうれしそうに話してくれました。