報道関係

2008年(平成20年)3月31日(月曜日) 毎日新聞
 この3月で定年を迎え退官する県立大短期大学部の江角弘道教授(63)の最終講義が今月19日、出雲市内であった。テーマは「見えるいのちと見えないいのち」。江角さんは99年12月、次女真理子さん(当時20歳)を理不尽な事故で亡くしていた。物理学者、そして娘を亡くした父親の目から見た「いのち」を語り、集まった約60人の参加者は、静かに耳を傾けていた。【小坂剛志】
「いのち」について最後の講義を行った江角さん
シャボン玉 とんだ、屋根までとんだ
屋根までとんで、こわれて消えた
 野口雨情(1882〜1945)作詞の童謡「シャボン玉」。娘を失った後の江角さんはこの歌を聞いたときに涙が出たという。
 江角さんの次女真理子さんは99年12月26日未明、鳥取県智頭町の国道で飲酒運転の車に衝突されて死亡した。真理子さんは友人と車で倉敷チボリ公園(岡山県)に行った帰り。同じ大学に通う友人2人も死亡する凄惨な事故だった。
 シャボン玉」を耳にして涙が出たのは、この歌が20歳というこれからという時期に亡くなった真理子さんの命の象徴のように思えたからだ。調べてみると、野口も生後間もない長女を亡くしていたことがわかった。その切ない思いを込めた鎮魂の歌だと感じ、「つらい思いをしているのは自分たちだけでないんだ」と少しだけ悲しみが和らいだ。
 娘を亡くして以来、江角さんは「いのちって何だろう」ということに思いを巡らしていた。研究の方向も「いのち」に向かい、今年度の研究紀綱には「童謡と絵本を用いたデス・エデュケーション(死の準備教育)」という論文を書いた。
 「私は物質を対象とした物理学を研究してきました。娘のおかげで、その物質が実は、いのちと深い結びつきがあると気付いたんです」と江角さんは参加者に語りかける。
 見えるいのち」と「見えないいのち」があり、例えば空気をみてみると、酸素の割合が違うだけで人間の生存は難しくなる。二つの「いのち」は相互依存の関係で、私たちは「見えないいのち」に生かされているのだと、江角さんは説明する。
 「そう考えれば、亡き人は『見えないいのち』になる。だが、私たちにいろんなメッセージを伝えてくれるんです」。理不尽に命を奪われ、生きたくても生きられなかった娘たちは、「いのちを大事にしてほしい」「不条理な死をなくしてほしい」と遺族に訴えている。姿、かたちはなくとも、その存在は「見えないいのち」なのだと江角さんは語った。
 会場に響き渡る拍手で、江角さんは大学人生にピリオドを打った。退官後は9月に開かれる「生命のメッセージ展」実行委員長として開催準備に全力を傾けるつもりだ。娘たち「見えないいのち」の声を人々に届けるために。
 野口雨情作詞の「シャボン玉」はこんな歌詞でむすばれている。
 シャボン玉 消えた飛ばずに消えた
生まれて すぐに、こわれて消えた
風 風吹くな、
シャボン玉とばそう
 

報道関係へ戻る >>