報道関係

2008年(平成20年)3月24日(月曜日) 毎日新聞
生命のメッセージ展 つむぐ思い 出雲で9月
 消防士用の銀色のヘルメットに、泥のついた黒いブーツー。3年前、浜田市で起きた殺人事件で命を落とした消防士・石川秀治さん(当時36歳)が仕事で使っていたものだ。遺品は、斐川町の町立図書館で今月30日まで開かれている「ミニ・生命のメッセージ展」に展示されている。妻俊子さん(38)にとって、夫秀治さんの存在は、亡くなった今でも「誇り」であり続ける。
【小坂剛志】
 05年7月28日朝。消防士だった秀治さんは近所の男に包丁で刺され、殺害された。秀治さんが自宅前で小学生だった長男とキャッチボールをしようとしていると、男がいきなり車で長男をはね、助けようとした秀治さんの腹などを包丁で刺すという理不尽な事件だった。
 男はその場で逮捕され、殺人などの罪で懲役20年の刑が確定。判決では「石川さん達に落ち度はなく、その理不尽な動機は強い非難に値する」と男の犯行を断罪した。だが、男が刑を終え社会に戻る事はあっても、秀治さんの命が戻ることはない。そのことが俊子さんは悔しかった。
        ◇
 去年7月、大阪で開かれた「生命のメッセージ展」。俊子さんは初めて同展に参加し、夫のオブジェを人々に見てもらった。参加を決めたのは、何よりも安心できる場所が欲しかったからだ。犯罪被害者支援NPOもなく、フォローの少ない県内。メッセージ展には、同じような理不尽なかたちで家族を失った遺族がいた。参加することで仲間ができ、語り合うことでつらい気持ちを和らげることができた。
 「もしかしたら本人はオブジェにされて嫌だったかもしれない。」とも思う。しかし、オブジェに生まれ変わった夫は、声はなくとも、何か大事なものを人々に伝えている。命の尊さ、生きていることへの感謝の気持ち……。「社会の役に立ちたい」というのが口癖だった夫。「忘れ去られていくよりも、きっとこっちの方が……」。そう感じられるようになった。
 俊子さんは今年9月、県内の被害者遺族とともに出雲市で生命のメッセージ展を開催する。俊子さんが裁判後の会見で「事件や事故で家族を失った人が寄り添えるような場所がほしい」と訴えたことは、県内の被害者支援のあり方に一石を投じた。行政や警察、被害者遺族が動きだし、自助グループ設立の準備も進んでいる。「夫の喜んでくれるようなことをしたい」。その思いは人々に少しずつ広がりだした。
「今度は沖縄かあ、あったかくていいね」。生命のメッセージ展は今年、沖縄を皮切りに埼玉、愛知などで開催され、秀治さんら約130体のオブジェは毎月のように全国を飛び回ることになる。俊子さんは、生命のメッセージ展のスケジュールを眺めながら夫のオブジェに思いを寄せる。9月には地元の島根に帰ってくるはずだ。
 「がんばって帰ってきてね」。心の中で励ました。夫に届くように。
 

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